楊朱の弟である楊布が、白い着物を着て出かけた。
雨が降ってきたので、白い着物を黒い着物に着替えて、家に帰って来た。
家の犬は、白かった筈の飼い主が黒くなって帰ってきたので、怪しんで吠えかかった。
楊布は怒って、犬を叩こうとすると、兄の楊朱が、こう言った。
叩くのはやめなさい。
お前だってそうだろう。出かける時に白かった犬が、帰ってきた時に黒かったら不審に思うのが当然だろう、と。
ただこれだけの話である。
しかし、何とも言えない不思議な味わいを、ユーモアを、僕は感じてしまう。
説いていることは、立場を変えて視ることの重要性、または見た目で判断してはならないということだろう。
しかし、それだけではない深さが、この話にはあるように思えてならない。
出典(明治書院)新釈漢文大系22『列子』小林信明著 407頁
説符第八 第二十五章
楊朱之弟曰布。衣素衣而出。天雨。解素衣、衣緇衣而反。其狗不知、迎而吠之。楊布怒將扑之。楊朱曰、子無扑矣。子亦猶是也。嚮者使汝狗白而往。黑而來、豈能無怪哉。
楊朱の弟を布(ふ)と曰ふ。
素衣(そい、白い着物)を衣(き)て出づ。天(てん)雨ふる。
素衣を解(と)き、緇衣(しい、黒い着物)を衣(き)て反(かへ)る。
其の狗(いぬ)知らず、迎へて之に吠ゆ。楊布、怒つて將(まさ)に之を扑(う)たんとす。
楊朱曰く、子(し)、扑(う)つこと無かれ。子も亦(また)猶(な)ほ是(かく)のごとくならん。
嚮者(さき)に汝が狗(いぬ)をして白くして往(ゆ)き。黑くして來(きた)らしめば、豈(あ)に能(よ)く怪しむこと無からんや、と。 (ほぼ同じ話が、『韓非子』説林下にある。新釈漢文大系では321頁 )