『晏子春秋』羊頭狗肉(牛頭馬肉)

JR東海パッセンジャーズが弁当の消費期限を偽装したという事件があった。今や目新しくもない事件であるが、興味を引いたことが一点あった。

それは、この事件が起こる前に、弁当の品質を良くするために、消費期限を縮めたというのである。

ということは、会社としては、より良いものを顧客に提供しようと考えていたのであろう。

しかし実際は、従来の消費期限さえも超えた商品を提供していたのだから、皮肉といえば皮肉である。

より良くしようとしてルールや制度を作ったことが、返って物事を悪くしてしまう。そこかしこで起こっていることである。

ある会社で、顧客の声を聞いてサービスの品質を高めようとしたことがあった。

その手段として、顧客アンケートを作成し現場に展開したが、アンケートの集まり具合が芳しくなかった。

顧客が面倒臭がって、なかなか書いてくれないのである。

当然、本社としては、もっとアンケートを顧客に配り回収を促すように指示をした。

その結果、どうなったかといえば、現場の社員が自分たちでアンケートを記入し、顧客からの声だと偽って提出したのである。

役所関係の仕事では、随意契約は駄目だというのが、ここ数年の流れである。

競争入札にすることによって、より良い物をより安価に購入できる筈だというのである。

しかし、本来秘密であるはずの入札価格を窓口が中心になって調整している例は多い。

これは単に業者との癒着や賄賂といった問題ではない。

もちろんそういったケースもあるだろうが、役所の担当者としては、単に値段が安いだけで、それまでの仕事の経緯や細かい状況を知らない業者が選ばれてしまったのでは困るのである。

どんなルールや制度も現場の状況から乖離しているものは、実際には行われない。ただ、ルールはルールとして存在するので、その裏をかく方法が編み出される。

こういった時の、人間の知恵というものは素晴らしい。

大きな話で言えば、日本に何故、偽装結婚など実質的不法滞在の外国人が多いのか、である。法制度と日本の現状に乖離がありすぎるからである。

しかし、である。

ルールや制度が現場の状況を追認するものであれば、そもそも策定する意味がない。

現場の状況を踏まえながら、一歩づつでも改善していくためには、ルールや制度の改変は必要である。

羊頭狗肉という言葉がある。

羊の頭を掲げて犬の肉を売るということであり、どちらかというと詐欺や見た目ほど中身は素晴らしくないという意味に取れそうであるが、元々は違う意味である。

どういう意味かというと率先垂範の重要性ということである。

斉の霊公の時代というから、今から2600年ほど前の話である。

霊公の妃がボーイッシュな服装を好み、それが一般庶民まで流行ったという。

風俗が乱れるのはけしからんというので、禁止令を出したが一向に改まらない。

霊公は、

「俺のことをなめてるのか!」

と怒り、罰則を強化しようとした。まぁ、上の人間としては当然の反応であろう。

その時、晏嬰という中国史上最高の政治家の一人が諫言したのが、牛頭馬肉(羊頭狗肉)である。

実は、庶民に対してはボーイッシュな服装を禁止しながら、斉の宮室においては以前のままだったのである。

晏嬰は、牛の頭を掲げて犬の肉を売っているようなもので、言っていることとやっていることが違う。もし、宮室でも禁止すれば庶民も従うであろうと、霊公を批判したのである。

上の人間がルールを守らずして下の人間がルールを守る筈もない。

この当たり前のことが、2600年経っても、まだ私たちは分かってないのだろう。

JR東海パッセンジャーズの経営者たちは、率先してルールを守っていたのだろうか?

ここから見直すことが、本当の組織の再生に繋がるだろう。 組織の不祥事が露になり、記者会見などが開かれると、異口同音に「今後は綱紀粛正に努める」といった話になるが、羊頭狗肉にならないよう、経営者は省みるべきである。 t