既に引退した人であるが、自動車の営業マンをやっていたU氏という人がいる。
自動車の営業はテリトリー制といわれ、担当地域を決めて行なわれる。
このU氏は、商品知識が豊富とか、プレゼンテーションが得意という訳ではなかったが、徹底的に自分の担当地域を廻った。
その結果、U氏の担当地域では、子供たちがU氏の名刺でメンコをしていた、という。
私は、こういった逸話が好きである。
話の内容もさることながら、人が学んだり、鼓舞されたりするのは、理屈ではなく、逸話ではないか、と思うからである。
企業には社史といったものがあるが、私の知っている範囲では、どこの社史も読んで面白いものはない。
逸話が載っていないからである。
有名な『史記』が何故面白いかといえば、人の物語だからである。
逸話が散りばめられているからである。
企業は人なり、というのであれば、先人・先輩たちの苦労や成功に焦点を合わせた社史があってもいい。
また、そうした社史の方が、興味深く、かつ有益なのではないだろうか。
そして、社長や役員といったトップクラスの人たちだけではなく、ごく一般の社員の事跡を残すことも、大事だと思う。
古典を読むと、名も知れぬ庶民の、何気ない逸話が多く残っている。
感動や感銘とまではいかなくても、やはり、多くのことを感じて学ぶことが出来る。
例えば、私の好きな逸話の一つに、このようなものがある。
揚子江のほとりの村で、毎夜、若い娘たちが集まって夜なべ仕事していた。
その中に、一人の貧しい娘がいて、灯りを持参できなかった。
他の娘たちは、その娘を仲間外れにしようとした。
皆が貴重な灯りを持ってきているのに、不公平だと考えた訳である。
その時、貧乏な娘は言った。
「私は灯りを持ってこられないので、いつも早く来て掃除をしたり、部屋を片付けたりしています。
皆さんの灯りが四方を照らし、私の手元を照らすことを、何故、それほどケチるのですか。
私は、皆さんの役に立っているつもりです。
私が灯りの恩恵に与ったとして、皆さんの迷惑になるのでしょうか」
これを聞いて、他の娘たちは「なるほど」と思い、仲間外れにすることを止めたという。
要は、これだけの話である。
しかし、私は、この逸話から、苛めや差別、日本における外国人問題など、様々なことを考える。
何気ないが、実に奥の深い話だと思う。
話を戻すと、多くの人が関わって企業には、本来、多くの逸話が眠っている筈である。
それを見つけ出し記録するということは、相当に有益なことではないだろうか。
組織のアイデンティティの確立にもつながるし、社員教育にも役立てることができる。
先人の業績を再確認することは、今現在働いている人をモチベートし、組織に対する忠誠心や誇りを呼び起こす効果も期待できる筈である。 そう考えると、特に私の本業ではないが、こういった仕事を手伝うのも面白いのではないかと、思えてくる