『箸休め』後、一合残ってる

落語の一節である。。時代は江戸と考えて欲しい。

ある貧乏長屋にどうしようもない酒飲みの男がいた。毎日、毎日、酒ばっかり食らって、ろくすっぽ働きもしなかった。

その日も、女房に、

「おい、酒はどうした」

「おまいさん、何を言ってるんだ。もう酒なんかないよ」

「なきゃ、買ってくればいいだろう」

「買うお金なんぞ、びた一文ありゃしないよ。売るものも、質に入れるものも、何にもないんだよ」

「なにを!それを何とかするのが、女房の才覚だろう」

女房は仕方なく、外へと出かけ、しばらくして帰ってきた。

「ほら、おまいさん、酒だよ。一升買って来たよ」

「何だよ、売るものがないとか言っておきながら、ちゃんと買えてきたじゃねぇか」

その亭主の言葉に対して、女房は被り物をとった。

そこにあったのは、青々とした坊主頭。

「お前、どうしたんだ。その頭は・・・」

「仕方なく、髪を売って酒を買ってきたんだよ」

「・・・・・・」

「ねぇ、おまいさん、聞いとくれ。これで本当に最後だよ。明日からは酒をやめて、きちんと働いておくれ」

さすがの亭主もこれには逆らえず、

「分かった。髪は女の命っていう。そこまでやらしてしまって申し訳ない。おれは、明日から生まれ変わって働くよ。この酒も、飲まねぇ」

「分かってくれればいいんだよ。飲まないって云っても、髪が元に戻るもんじゃないし、最後の酒だと思って、気持ちよく飲んでおくれよ」

「そうかい、そこまで云ってくれるんなら、ありがたく頂くとするか。だけど、本当にこれを最後にするから」

男は、一升の酒を、これが最後だと思って飲んだ。

そして、すっかり仲良くなった二人は、同衾してコトに及ぶこととなった。

狭い布団の中、女房の前の方に手を伸ばした男は、

「おい、お前」

「何だい、おまいさん」

「ここに、後一合、残ってる」

実に良くできた小噺だと、思う。

ことほど左様に、決めたことを守るのは難しい。

職場でミーティングなどを行い、全員で決めたことが、次の日にはもう破られているといったケースは、かなりあるだろう。

組織を作る目的については、様々な言われ方をしてきた。また、時代と共に、目的も変わってきた。

ごく初期の組織の目的は、一人の人間ではできないことを、大勢が協力してやろうということであった。

これは、今でも一つの大原則であろう。

組織は、人間の認知の限界をカバーするといった考え方もある。

人間の情報収集能力や処理能力には限界があるから、それを補い合おうということである。

凡人に非凡なことをさせることが、組織の目的であるという、定義もある。

人というものは、誰でも人並み優れた部分もあれば、劣っている部分もある。その優れた部分を活かすことで、組織はその人数以上の力を発揮できるという考え方である。

私は、こういった定義の一つとして、お互いに決めたことをお互いに守らせるということも、組織の目的に一つにしてもいいのではと、考えている。

一人の人間は弱いものであり、易きに流れやすい傾向がある。

良いと思ったことでも、なかなか実行に移せなかったり、移してもすぐに挫折してしまったりということは、多い。

それを、みんなで協力して守り合うのである。 それぞれの持っている優れた能力の活用は大事だが、「決めたことはやる」の方が、より非凡な行動ではないだろうか。