春秋時代の名宰相である鄭(てい)の国の子産という人の話である。
紀元前523年、鄭に大水があった。
その際、鄭の西門にあたる時門の外の洧淵という深い淵に、龍が出現して闘いを始めた。
鄭の人々は、龍を鎮め、祓うお祭りをしたいと、子産に願い出た。
ところが、子産は、これを許可せずに、こう述べた。
私たちが闘っても、龍は気にしない。
龍が闘うことを、何で私たちだけが気にする必要があるだろうか。
それに、あの洧淵は、そもそも龍の棲家だから、お祓いをしても仕方ないだろう。
私は、龍に求めることは何もないし、龍も、私たちに何も求めてはいないだろう、と。
結局、お祭りをすることはなく、だからといって、何も起こらなかった。
何ということもない話だが、好きな話である。
龍が出た、などということを、大仰ではなく淡々と記述しているところが、素晴らしいと思う。
出典 (明治書院)新釈漢文大系33 『春秋左氏伝 四』鎌田正著 1475頁
昭公十九年
鄭大水。龍鬭于時門之外洧淵。國人請爲榮焉。子産弗許曰、我鬭、龍不我覿也。龍鬭、我獨何覿焉。禳之、則彼其室也。吾無求於龍、龍亦無求於我。乃止也。
鄭に大水(たいすい)あり。
龍、時門(じもん)の外の洧淵(ゐえん)に鬭(たたか)ふ。
國人、榮(えい)を爲さんと請ふ。
子産、許さずして曰く、我、鬭(たたか)ふも、龍、我を覿(み)ざるなり。
龍の鬭(たたか)ふを、我、獨(ひとり)何ぞ覿(み)ん。
之を禳(はら)はば、則ち彼は其の室なり。 吾、龍に求ること無く、龍も亦(また)我に求ること無し、と。乃ち止む。