『孔子家語』五つの不吉なこと

ざくっとした感覚ではあるが、西洋でも東洋でも、古代の方が合理的である。

近世、近代になるにつれ、人間は非合理になっていくような気がする。

古代の人である孔子は、「風水」などといった妖しげなことは、言わない。

東に建て増そうが、西に増築しようが、そんなことは不吉でも何でもない。

本当に不吉なことは、五つあるという。

1、他人を犠牲にして自分の利益を考えること

2、若者をちやほやして年寄りを邪険にすること

3、優秀な人材を登用しないこと

4、年寄りが若者を教えず、若者が学ぼうとしないこと

5、徳のある人が隠れ、徳の無い小人が権力を持つこと

これらからすると、どうも今の日本は不吉だらけである。

金を儲けさえすれば勝ち組といわれて格差は広がり、会社は構造改革という美名の元に年寄りを解雇し、若者は学ばず、年寄りは意見せず、何故か、最低レベルの総理ばかりが誕生しては消え去っている。

この状態で悪いことが起こらないとするならば、孔子が間違っているということであろう。

出典 (明治書院)新釈漢文大系53『孔子家語』宇野精一著 530頁

巻第九 正論解 第四十一

哀公問於孔子曰、寡人聞東益不祥。信有之乎。孔子曰、不祥有五。而東益不與焉。夫損人自益、身之不祥、棄老而取幼、家之不祥、釋賢而任不肖、國之不祥、老者不敎、幼者不學、俗之不祥、聖人伏匿、愚者擅權、天下不祥。不祥有五。東益不與焉。

哀公、孔子に問ひて曰く、寡人(かじん、君主が自分をさして使う言葉)、東に益(ま)すは不祥(ふしょう)と聞く。信(まこと)に之(これ)有るか、と。

孔子曰く、不祥に五有り。而(しか)うして東に益(ま)すは與(あづ)からず。

夫(そ)れ人を損して自ら益(ま)すは、身の不祥、

老を棄(す)てて幼(えう)を取るは、家の不祥、

賢を釋(す)てて不肖に任ずるは、國の不祥、

老者(らうしゃ)敎(おし)へず、幼者學(まな)ばざるは、俗の不祥、 聖人伏匿(ふくとく)し、愚者權(けん)を擅(ほしいまま)にするは、天下の不祥なり。不祥に五有り、東に益(ま)すは與(あづ)からず、と。